高齢者介護でオムツをしないことの意味

オムツをしないことの意味

オムツをした状態で転院してきた女性は、「戦時中のほうがまだよかったよ」と言い放っていました。

 

それまで入所していた老人福祉施設ではオムツを着けられ身体を拘束されていたからです。

 

「ひもで縛ることもしないし、オムツも外してトイレにお連れします」と言っても、拘束され、オムツを当てられていたその女性は人間不信ゆえに「そんなこと信じられない」とコミュニケーションさえ拒んでいました。

 

その女性のこわばった表情がわずかにゆるんだのは、田中さんがオムツを外して、布パンツにした時でした。

 

「ここは安心できる環境だ」と感じたのかもしれませんね。丁寧にトイレに誘導して、かたわらでゆっくり待ちました。

 

その女性が排尿できた時の顔を忘れることができません。
全身で「ああ、気持ちがいい」という喜びを表現していたのです。

 

「肺炎と心不全を併発して危篤状態になっても「オムツは嫌だ」と拒否した93歳の女性もいました。

 

それほど、排尿とは人間の根源に係わることなのです。老いて身体が不自由になった時でも、できれば最後の最後までオムツだけはしたくない。誰もがそう思っています。

 

にもかかわらず、オムツ減らしを考えることに、正面から向き合おうとしなかったのです。オムツは誰がするのかといえば、それは看護師や介護者自身です。
「オムツをしないと仕事力大変になる」
「かわいそうだけれど、スタッフ数が足りないから仕方ない」
というすりかえで、患者さんの意志や尊厳に目をつぶってきたのです。

 

オムツを外そうと言えば、現場からは「理想論だ」と反発も出るでしょう。けれどもこれは、自分自身の切実な問題でもあるのです。できる限りオムツを使用しない。それはたやすいことではありませんが、患者と同じ人間として痛みや屈辱を感じ、それを癒す存在としてアイデンティティを回復していきます。そのことに気づいて、それぞれの現場でぜひ、取り組んでもらいたいですね。

 

「オムツ減らし」を目指したケアは、排泄の自立ということにとどまらず、他人の手を借りずに自分で排泄できるということは、人間としての自信につながります。それは患者の人生の質を変えてしまうほどのことで、同時に看護技術の向上と、プロとして誇りを持つことになるのはまちがいないでしょうね。

 

 

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